『プラダを着た悪魔2』を観てきた

日々

二十年ぶりの続編となる映画 『プラダを着た悪魔2』 を観てきた。

前作から長い時間が経っているだけに、不安と期待が半分ずつあった。しかし、スクリーンに銀髪のミランダが現れた瞬間、その不安は一気に吹き飛んだ。メリル・ストリープ演じるミランダは相変わらず鋭利で、彼女が言葉を発するたびに空気が張り詰める。冷徹で容赦がない。だが不思議なことに、かつては「恐怖の象徴」としか見えなかったその姿が、自分自身含め、昭和世代の仲間たちの姿と重なった。

20数年前、今の仕事を始めた頃、自分はただ目の前の作業を必死にこなす側だった。だが今は、WEBサイトのディレクションやECサイト運営、スケジュール調整、クライアントとのやり取りに追われる毎日だ。仕事の中心にあるのは、常にスピード感と数字。何かを「管理する」こと、デジタル化、AIで効率化することが常に求められている。考えることすらもAIに預けている。こんなことでいいのか?と思いながら。

映画の中でも、ファッション業界は完全にデジタル時代へ飲み込まれていた。SNSの影響力、若い世代の感覚、絶え間なく更新される価値観。ミランダのような旧世代が、その変化とどう向き合うのかが大きなテーマになっている。その姿は、もはや他人事ではない。

「前はこうでした」
そんな言葉は、この業界では驚くほど早く腐っていく。新しい技術を覚えたと思えば、次の波が押し寄せる。自分自身も学び続けなければならない。前作で新人だったアンディも、今作では「教える側」の人間になっていた。

ミランダとアンディの関係性も実に興味深い。単なる上司と部下ではなく、互いに影響を与え合いながら時間を積み重ねてきた複雑さがある。前作にはなかった種類の静かな感情が流れていてグッとくるものがあった。

変化を恐れる暇があるなら、自分の仕事を磨くしかないんだろう。印刷物の、紙の手触り、インクの香りを愛しながら、WEBの利便性も捨てられない。紙の良さを信じながら、同時にデジタルにも適応しなければならない。そんな中途半端な立ち位置に迷うこともある。しかし、この二十年で積み重ねてきた現場感覚や、言葉への執着や、人を見る目まで失ったわけではない。それらは簡単にAIの波に飲み込まれるものではないはずだ。映画を観終わって「明日からまたがんばろう」と思えた。

完璧な人間にはなれない。だが少なくとも、自分の仕事に嘘をつかない大人ではありたい。
そう思わせてくれる続編だった。