桜と喉の痛み

日々

今朝は少しだけ、体が軽かった。
ここ数日、喉の奥が刺すような痛みに襲われていたのだ。

「これは、もしや……」

脳裏をよぎるのは、あの忌々しいウイルスの名前。あるいは、一昨年、人生で初めて罹ったインフルエンザ。
けれど、熱はない。咳も出ない。ただただ、唾を飲み込むたびに顔をしかめるような激痛だけがある。

これも花粉の症状のひとつか?(花粉症ではないと言い張っているが)

喉に炎症があることだけは確かなので、結局、ドラッグストアで買い込んだ「ぺラックT錠」という喉の炎症を抑える薬を三日飲み続けたら、ケロッと治ってしまった。一体、何だったのか。

昨日一日中寝倒したこともあり、目が覚めて予想以上に元気だった私は、近所の公園へと歩いて向かった。

公園は、朝一番の澄んだ空気に満ちていた。
桜が満開なので、お花見日和ではあるけれど、朝7時台はまだ人もまばらで、早朝ウォーキングのお年寄りやランニング中の人がポツポツ。
見上げれば、そこには見事なまでの満開桜が淡い光をまとって揺れている。ああ、美しい!!

満開の桜の木の下には、小さなドラマがいくつも転がっていた。
ピカピカのランドセルに背負われているような新一年生と、シャッターを切る親御さん。人の少ない時間帯を狙っての記念撮影なのだろう。麦藁帽と真っ白なワンピースの二人組は、いわゆるカメラ女子。お互いがモデルになって一眼レフで取り合っている。
ふと横を見れば、私と同世代の女性が、年老いたご両親の手を引いてゆっくりと歩いている。
その先には、療養中なのだろうか、車椅子の夫に静かに語りかける奥様の姿もあった。

今日が満開。明日くらいからきっと散り始めるだろう。
皆、それぞれに重い荷物を背負ったり、あるいは手放したりしながら、この花を見上げている。
おめでたい門出の朝も、体調不良に怯える朝も、桜は等しく咲いている。

若い頃の私は、来年も再来年も、この花を当たり前に見上げるのだと信じて疑わなかった。
けれど今は、ふと思う。「あと何度、桜を見られるんだろうか」と。それは決して悲観ではないけれど、人生に限りがあることに、さすがに50も過ぎると気づいてしまったということ。

原因不明の喉の痛みも、急にやってくる倦怠感も、すべては「今を大切に」という体からの、ちょっと手荒なメッセージなのかもしれない。来年のことは、来年の私が考えればいい。とりあえず今日は、のんびり過ごそう。

家に戻り、ミルクを温めコーヒーを淹れる。喉を通るカフェオレが、昨日まであんなに痛かったのが嘘のように温かい。何はともあれ、治ってよかった。ワーカーホリックな私は、明日からの仕事に支障が出ないことに何よりも安堵している。